本田圭佑がパチューカを1年で去った2つの理由とは?

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本田圭佑選手が、僅か1年でメキシコのパチューカを退団しました。

様々な理由がありますが、大まかにいうと2つに絞られるといいます。輝きを取り戻しつつある状況だっただけに、パチューカサポーターからは「本田圭佑行かないでくれ」といった悲痛の声が出ています。

たった1年で「ホンダブーム」を作ってしまった本田圭佑選手ですが、彼の潜在能力の高さをまざまざと知らされる事となりました。

移籍してしまった事は、残念ではありましたが功績は大きく、メキシコに「日本人は凄い」という印象を植え付けてくれました。

それでは、本田圭佑選手がパチューカで築き上げたものを振り返ってみましょう。

パチューカでの1年間の成績

メキシコリーグ(リーガMX)での成績は、公式戦32試合に出場しました。その中で7アシスト、10得点という素晴らしい結果を残しました。

メキシコリーグでの試合を観戦していましたが、明らかに本田圭佑選手が主軸となって活躍し、他の選手が動き回るといった構図が見て取れました。やはりACミランで10番を背負った男という肩書は、世界中で知れ渡っており、パチューカのチーム内においても絶対的な信頼を勝ち取っていたのです。

序盤こそ、右ふくらはぎの肉離れで試合には出られませんでしたが、出場するや否や存在感を見せ、結果を出してきました。チームにも直ぐに馴染んで、ベテランの風格さえも醸し出していました。

サッカーの専門家の間では、メキシコリーグの速い展開にスピードの無い本田圭佑選手は、ついていけないのではないか?といった意見が出ていましたが、その予想を大きく裏切る大活躍を見せてくれました。

これは、今まで世界各国のチームを渡り歩き、経験を積んだからこその成果と見ています。

本田圭佑不要論!?

不調の本田圭佑選手に対し、日本でも本田圭佑はもう終わったのではないか?という声が出ていました。当時所属していたACミランでは、出場機会に恵まれず10番を背負っていながらベンチを温め続け、地元紙でも散々な評価を受けていました。

日本代表でも、ちぐはぐなプレイが目立ち、パスミスや意味不明な動きでチームに悪影響を及ぼしているとまで言われてしまいました。

日本代表で、らしくないプレイが目立ってしまった原因としては、ズバリ「試合勘」です。どんなスポーツでもそうですが、いくら練習をしていてもウエイトトレーニングで体を鍛えようとも、実戦の試合をしなければ試合勘が鈍ってしまいます。

本田圭佑選手も同様で、いくら10年以上プロサッカー選手として活動していたからと言っても、試合に出なければ試合勘が鈍ってしまうのです。

その点、セリエAと比べたらレベルの下がるメキシコリーグですが、ここではほぼ毎試合試合に出場する事が出来、サッカーができる喜びを十分に味わっていたのではないでしょうか。

本田圭佑選手は衰えていなかった!

パチューカに来て、試合に出られるようになった本田圭佑選手ですが、パスの正確性・ドリブルテクニック・当たり負けしないフィジカルの強さ・シュート力どれをとっても衰えてはいませんでした。

また、一時は蹴らなくなってしまったフリーキックも復活し、ワールドカップで見せた無回転シュートをメキシコリーグの試合で放ち、見事にゴールネットを揺らしました。

正に全盛期を思わせる好調ぶりで、日本代表に本田圭佑選手は要らないといっていた人達は、手の平を返し日本代表待望論まで出る始末でした。

メキシコの地に来て得られたものは以下の通りです。

①自信

②心肺機能の向上

ここでの活躍が、次につながるステップとなり、どこに移籍したとしても「また活躍できる」といった自信に変わったはずです。

もう一つは心肺機能の向上です。メキシコは標高が高く、酸素が薄い事で知られています。しかしスポーツ選手にとっては好条件で、ランニングをしたとしても、平地と比べると何倍もの練習効果があるといいます。

このような状況下で過ごしていれば、自然と心肺機能が高められ、体力やスピードの向上が見込めます。ちなみにパチューカの本拠地の標高は、約2400mあります。日本の全国平均は382mですので、どれほど高い位置にあるかお分かり頂けると思います。

日本で言えば、山の上で練習をしているようなものです。スナック菓子を持っていけば、袋がパンパンになってしまう高さです。

パチューカを1年で退団した2つの理由とは?

リーグ戦を戦い抜き、パチューカは残念ながら9位となりプレーオフを逃してしまいましたが、恐らく本田圭佑選手がいなければ、もっと下位に低迷していた事でしょう。

パチューカには、欠かせない存在となりサポーターからは退団を惜しまれましたが、チームからは離れる決断をしました。本人としては「パチューカには満足している」といった発言も見られていましたが、やはり高すぎる年俸というのもネックになってしまったようです。

しかし、退団の主な理由は2点あると言われています。その一つがこちらです。

①契約時から1年で退団するつもりだった

腰かけという訳ではありませんが、元々契約延長の意思は無かったと言われています。やはり本田圭佑選手の目標意識は高く、メキシコリーグでは満足できなかったのかもしれません。

②スポンサーが付かない

パチューカでは、年俸は高かったものの、大事なスポンサーが集まらないといいます。以前所属したACミランでは、世界的に有名な欧州リーグだけあってスポンサーが付き、本田圭佑選手が着用していた背番号10番のユニフォームはバカ売れしました。

しかし、メキシコリーグではそうはいかず、やはり有名な欧州リーグでないとスポンサーは付きにくく、お金にならないそうです。退団理由は、お金ではないと否定していましたが、そういった事情があるようです。

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本田圭佑選手がパチューカにもたらしたもの

退団はしましたが、本田圭佑選手が残した功績は偉大で、パチューカの会長は今後も日本人を積極的に採用したいと発言しているといいます。

これほどの逸材は、今後現れるか疑問ですが若手の有望株の選手は、ゴロゴロいますので海外での経験を積む為にも、メキシコリーグでプレイして欲しいです。

メキシコは意外にも安全!?

日本人選手があまりメキシコリーグに行きたがらない理由としましては、まず治安の悪さというのが真っ先に来るのではないでしょうか。

特に家族を持っている選手ですと、子供や奥さんの安全が第一と考え、メキシコには連れて行きたくないと考える選手は少なくありません。

しかし、本田圭佑選手の話ですと、意外にも治安は悪くなく夜も出歩けるそうです。メキシコの人々も貧しいながらも笑顔で明るく接してくれる人が多く、治安の面では心配は要らなかったといいます。

本田圭佑選手のJリーグ復帰はあるのか?

年齢的にも30歳を超え、体力的にも衰えが見えてくる歳ですが、そろそろJリーグに復帰する可能性があるのではないか?といった憶測が出ています。

しかし、当の本人はJリーグの復帰は無いと公言しております。

決してJリーグのレベルが低いといっている訳では無く、本田圭佑選手としては自分が体の大きい外国人選手と戦う事で、日本人でも世界で戦えるというのを証明したいというのです。

世界に出ると、FIFAランクの低い日本は、どうしても外国人に舐められてしまいます。そこで自分が日本人のレベルを高めようと実証しているのです。

中田英寿さんの功績

三浦知良さんが、セリエAのジェノアに移籍した際も味方からパスを貰えず1年間で1得点しか取れませんでした。当時はまだワールドカップにも出場していない弱小国の日本から来た選手など、相手にされなかったのです。

そんな中、日本人のイメージを180度変えたのが中田英寿さんです。ワールドカップ終了後、セリエAのペルージャに移籍した中田英寿さんは、初戦でいきなり2得点を上げる活躍ぶりで、その後も活躍し日本人の名を世界に轟かせました。

中田英寿さんを尊敬する本田圭佑選手も、日本人が下に見られているイメージを覆す為に孤軍奮闘しているのです。

まとめ

メキシコの地で見事に復活を遂げた本田圭佑選手は、今後の活躍に期待が持てます。

パチューカは退団しましたが、今後も日本人選手を採用するという事で、後世の選手にも道を切り開いた功績は偉大なものがあります。

治安の安全性も実際に住んでみて確認済みという事で、もしメキシコリーグに移籍の話があったとしても、少しは安心して移籍できるようになったのではないでしょうか。

メキシコリーグに第二の本田圭佑が現れる事を期待します。

▼本田圭佑選手のまとめ記事はこちら▼

本田圭佑まとめ

2018年5月12日
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