本田圭佑の画像集!進化の歴史が分かるレア画像満載!

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本田圭佑選手の画像を時系列でご紹介致します。

幼少期から現在に至るまで、どの様な過程でここまで来たのか画像を見ると進化の過程が見えてきます。

現在では「金髪に短髪」というスタイルがトレードマークとなっていますが、以前は黒髪に長髪を靡かせていたイケメンサッカー選手でした。

チームも世界各地を渡り歩いているので、様々なユニフォーム姿も見物となっております。勿論、全日本代表での雄姿も画像で収められています。数ある画像の中から厳選し、解説を交えながらご紹介していきます。

また、こちらの記事では項目に特化した画像が見られますのでご参照下さい。

私服やスーツ姿の画像はこちら

髪型(ヘアスタイル)の画像はこちら

筋肉美の画像はこちら

奥さんの画像はこちら

子供の画像はこちら

本田圭佑選手の学生時代の画像

小学生で、まだサッカーを始めた頃に撮られた画像です。この頃はまだ下手だったそうで、日々努力して実力を上げて行き全日本代表にまで登りつめました。

学校のプールの授業中に撮られた画像です。この頃はまだガリガリで、サッカーをやっていて大丈夫か?と周囲から心配されていたようです。

こちらは、卒業文集での写真画像集です。蝶ネクタイをして、お坊ちゃん風な「出で立ち」ですが、頬に傷らしきものがあるのが気になります。クラスメイトと喧嘩でもしたのでしょうか?

中学生時代に所属していたガンバ大阪のジュニアユース時代に撮られた、大変希少な画像になります。この時のチームメイトには家長昭博選手もいました。本田圭佑選手は残念ながらユースには昇格できずに星稜高校に進学し、高校サッカー選手権を目指す事となります。

高校時代の画像になります。高校時代から注目され始め、記者からインタビューを受けている時の物です。まだあどけなさが残っています。

同じ高校の女子生徒と記念撮影をお願いされた一幕です。女子生徒の横でやや緊張気味なのが伝わってきます。この頃から人気者だったというのが分かります。

念願だった高校サッカー選手権に出場した時の画像です。3年時には背番号10番を付け、キャプテンも任されていました。

こちらは、正面からの画像になります。この時のニックネームは「ゴリ」で、顔つきも然る事ながら腕っぷしも強く、腕相撲では負け無しだったそうです。

高校サッカー選手権の準々決勝で、強豪の市立船橋高校と対戦した時の画像です。残念ながら破れはしましたが、石川県勢では初となるベスト4に輝きました。

高校サッカー選手権が終わり、チームメイトと「最後の晩餐」となる食事会での一コマです。キャプテンとして後輩たちに最後のメッセージを伝えました。

名古屋グランパス時代の画像

名古屋グランパスへ入団した時の画像です。凛々しい表情からプロへの第一歩としての信念の強さを感じます。ここからが夢の実現に向けた長い道のりの始まりです。

入団会見での模様です。この時はまだビッグマウス発言は聞かされませんでした。

名古屋グランパスに入団したての頃の画像です。プロとしてのキャリアをスタートさせましたが、この頃はまだまだ覚える事がたくさんありました。

この日は、イベントでしたので表情も緩み、普段とはまた違った表情を見せました。普段応援してくれるサポーターへの恩返しで様々なゲームやトークショー等も行われました。

こちらは、イベント内で何かの似顔絵を描いた時の物です。それにしても、画力は小学生レベルではないでしょうか。しかしこの絵が現在でも存在していれば、オークションで高値で売れるでしょう。

地元名古屋のテレビ局の特集コーナーだった「GoGo!グランパス」に出演した時の映像になります。バラエティー番組には出演しない本田圭佑選手にとっては、希少な映像となっております。

ゴールを決めて勝利のポーズです。この頃から貫禄が出ています。

試合中でのワイルドな表情の一コマです。この時には、名古屋グランパスでもレギュラーを勝ち取り活躍していました。

フリーキックを打つ直前の映像です。まだ新人ながら先輩でも容赦なく指示を出します。まるで、若い頃の中田英寿さんのようです。

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VVVフェンロー時代の画像

名古屋グランパスからVVVフェンローに移籍した時に撮られた画像です。ベルデン会長とガッチリ握手し活躍を期待されます。海外での飛躍の第一歩です。

この頃はまだ黒髪でウルフカットでした。金髪のイメージが強すぎて黒髪の方が違和感があります。

本田圭佑選手がチームに加入し活躍を見せましたが、残念ながらチームの方は1部リーグから2部リーグへと降格してしまいました。Jリーグで言えばJ2です。

こちらのオランダでも、1部リーグと2部リーグでは天と地ほどの違いがあり、降格してしまうと非常に厳しい戦いが強いられます。

この頃から金髪にし出しました。金髪にした理由は、こちらの記事に詳しく書かれています。

本田圭佑選手の髪型について

金髪にした当初は、長髪だったというのがこちらの画像で確認出来ます。2部リーグに落ちてしまいましたが、本田圭佑選手は背番号10番を背負い、キャプテンとして奮闘します。

本田圭佑選手の大活躍により2部リーグで優勝する事が出来ました。おまけにMVPまで獲得してしまいました。これは、アジア人では初の快挙だそうです。しかし当の本田圭佑選手は、日本人初という言葉は好きでは無いそうです。

見事に優勝し、VVVフェンローのベルデン会長と喜びの抱擁を交わしています。たった1年で復帰できたのは、チームみんなの頑張りがあったからです。

この頃になると、金髪が板についてきました。表情にも自信が漲っています。

試合中でのワンシーンです。欧州リーグ特有の激しい当たりが本田圭佑選手を襲いますが、日本人離れした強いフィジカルで外国人選手にも負けません。

この頃から、現在の金髪&短髪のスタイルが出来上がってきています。チームでも中心的な選手へと成長し、味方選手でも激しい口調で指示を出します。

フリーキックを打つ前の一場面です。オランダに来ても、本田スタイルは変わらず積極的にフリーキックを蹴ります。フリーキックに対して絶対の自信があると共に、ゴールに対しても絶対に決めるという覚悟が見えてきます。

CASKモスクワ時代の画像

いよいよロシアのプレミアリーグに参戦です。日本人があまり踏み入る事の無い異国の地で、どの様な戦いを見せてくれるのかファンとしては期待です。

舌を出して喜びを表現しています。試合中でも余裕が出てきた表れなのでしょうか?他の試合でも舌を出しているシーンがよく見られます。

試合に勝ち、勝利のガッツポーズです。どこのチームに行っても存在感はピカイチです。

CSKAモスクワ対白い巨人レアルマドリードとの対戦です。世界一のサッカー選手を目指している本田圭佑選手は、最終的にはレアルマドリードで10番を付けると公言していました。

そんな憧れであるレアルマドリードとの対戦では、大健闘の引き分けに持ち込みました。

ロシアリーグの試合での一コマです。寒さのあまり耳当てをしています。画像を見ても分かる通り、この日は非常に寒くピッチには雪が積もっており、気温はマイナス15度だったそうです。

寒さに強いロシア人でも悲鳴を上げそうな環境の中で、本田圭佑選手は全力でプレイしています。

チームメイトとふざけあっている画像です。こんな寒い中で雪の中に落とされたらたまったものではありません。悪ふざけもほどほどにしましょう。

審判の判定に納得がいかずこの表情です。外国に長くいると、ジェスチャーも外国人風に変化するようです。

こちらも強豪のマンチェスターシティーとの対戦です。世界各国から集まる強豪クラブとの試合は、得る物がたくさんあります。

CSKAモスクワに来ても結果を出してしまう本田圭佑選手。ロシアプレミアリーグでは、スーパーカップの優勝とロシアカップを2度も優勝に導く活躍ぶりでした。

ロシアカップで優勝し、祝勝会を上げた時の画像です。ケガの痛みを抱えながらも懸命に戦い、勝利した喜びはひとしおです。チームメイト達と喜びを分かち合います。

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ACミラン時代の画像

世界4大リーグの一つであるセリエAに参戦です。幼き頃から夢見てきた世界でサッカーができる喜びを感じています。

チームメイトの元ブラジル代表カカとのやり取りです。カカとは1シーズンしか一緒にプレイしませんでしたが、確執があったそうです。

PKをめぐって言い争いになりそれ以降、仲が悪くなったといいます。日本代表の中村俊輔選手の時と同じパターンです。

ゴールを決めてご満悦の表情です。この頃には王者の風格が出ています。

世界でトップクラスのリーグでは、あたりも半端では無いです。しかし、強靭な肉体を誇る本田圭佑選手は負けません。

悪童として知られている元フランス代表のバロテッリとの2ショットです。試合での荒くれ者の姿は鳴りを潜め、穏やかな表情です。本田圭佑選手のレアな銀髪ヘアも見どころです。

試合中でのワンシーン。いつもはフリーキックを無理やりにでも打とうとする本田圭佑選手ですが、この時はバロテッリに譲りました。

バロテッリに関しては、譲った方が後でフリーキックのチャンスが出てきた時に交渉が楽という事です。

ゴールした喜びをチームメイトみんなで分かち合います。少ない出場機会で結果を出すというのは、非常に難しいものです。

こちらは、味方選手がファールを受けてフリーキックのチャンスが生まれた時のワンシーンですが、キッカーをめぐって選手たちと小競り合いをしています。

この後、強気な姿勢が功を奏し、フリーキッカーを務めて見事にゴールしました。

有名な画像です。ゴールを決めて背中にある10番をサポーターに向けてアピールしています。「ACミランで10番を背負っているのは俺だ!」と言わんばかりのパフォーマンスです。

ACミランのスタジアムに現れた時の画像です。サングラスとドルチェ&ガッバーナのスーツが良く似合います。どんな時でも「カッコイイ本田圭佑」を演じているといいます。

CFパチューカ時代の画像

新天地メキシコでの新たな戦いの火蓋が幕を開けました。メキシコに来た理由は、日々熱くなれそうなチームであった事と、この地で本田圭佑というサッカー選手がいる事を知ってもらいたい為だそうです。リトルホンダは何といったのでしょうか?

入団会見での模様です。覚えたてのスペイン語でスピーチしました。メキシコのタバスコのような刺激を求めてはるばるこの地へとやってきました。現地のパチューカサポーターに対して、必ずこのチームで活躍する事を誓いました。

背番号の2番を選んだ理由はこちらの記事で詳しく書かれています。

パチューカで背番号2番を選んだ理由

攻撃的な選手が付けるには珍しい背番号2ですが、新たな気持ちでチャレンジしていきます。

ケガの影響で出場が出遅れましたが、いきなり存在感を見せつけます。ACミランでは出場機会に恵まれませんでしたが、そのうっ憤を晴らすかのように、試合では全盛期を思わせるような見事な動きを見せました。

ゴールを決めてゴールパフォーマンスを披露しています。もうすっかりチームに溶け込んでいるようです。セリエAからメキシコに来て「都落ちした」などと発言している人は多いですが、メキシコリーグのレベルは非常に高いです。

試合中で倒されそうになりますが、見事なボディーバランスで体勢を立て直します。この時履いていた桜色のスパイクが印象的です。

桜色のスパイクの詳しい記事はこちら

こちらもゴール直後の画像です。まだチームに加入して数ヶ月なのに、ここでも主軸となって躍動しております。

試合中に舌を出して存在感をアピールしています。

こちらは、パチューカ内にあるトレーニング施設での一幕です。

パチューカというクラブチームは、世界一の大富豪になった事もあるカルロス・スリム氏が経営に参加していますので、資金力に溢れています。施設などの設備は充実しており申し分ありません。恵まれた施設で思う存分サッカーに集中できます。

ちなみにリーガエスパニョーラの乾貴士選手が在籍していたエバイルは、施設管理も酷くシャワーもお湯が出ない等、設備は酷かったそうです。資金力の違いでここまで違います。

得意のフリーキックのチャンスです。この後見事にフリーキックを決めました。メキシコでも大活躍した本田圭佑選手ですが、残念ながらパチューカも退団してしまいました。

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日本代表の画像

ここからは、日本代表の貴重な画像をご紹介致します。日本代表の欠かせないエースとなって、今までどの様な活躍を見せてきたのか画像で振り返ってみましょう。

お決まりの背番号アピールパフォーマンス!日本代表の誇りを背負ってプレイしています。次に背番号4番を背負う選手は現れるのでしょうか。

ゴール直後に背番号4番にキスをしています。それだけこの番号には愛着があるという訳です。

ワールドカップでカメルーン代表と対戦した時に撮られた画像です。カメルーンの英雄エトーと試合後に健闘をたたえ合い頭をなでています。強豪のカメルーンを撃破し、見事に決勝リーグにコマを進めました。

本田圭佑選手がゴールを決めて、真っ先に自陣のベンチに駆け込みます。笑顔で迎え入れる仲間達の姿です。

こちらは、日本代表での練習風景を捉えた映像です。指示されて納得のいかない表情を浮かべています。

大事な代表戦で、フリーキックを打った瞬間をとらえた映像です。日本代表では、後期の方ではあまりフリーキックを打たなくなってしまいました。

久々のゴールを決めて、ワイルドなガッツポーズを見せる本田圭佑選手です。正に野生の雄叫びといった感じです。

高校時代からのライバルで、同い年である岡崎慎司選手と敬礼ポーズでゴールを祝います。プライベートでは大の仲良しです。

長友佑都選手のツイッター画像です。イタリアへ帰る途中の飛行機内で撮られた画像です。試合中は、険しい表情の多い本田圭佑選手ですが、普段は笑顔が見られます。

本田圭佑選手の面白画像

トラップしようとしたところ、大事なところにボールがいってしまいました。この後は大丈夫だったのでしょうか。

変顔4連チャンでお届けします。やはり外国生活が長いとリアクションが大きいです。

親友の長友佑都選手も本田圭佑選手の変顔を真似します。良く特徴を捉えています。

相手選手にアッカンベーをしていますが全く見ていません。

奇跡のコラボレーションです。どちらも「世界のホンダ」です。

正に歴代でも最強の日本代表ではないでしょうか。全員本田圭佑選手なら、ワールドカップ優勝も夢ではありません。クリスチュアーノロナウドも「選手が全員私なら勝てる」と豪語していたのを思い出しました。

こちらは本田圭佑選手ではなく、幕末の雄「高杉晋作」です。しかしよく似ています。

まとめ

本田圭佑選手の今までの歩みを画像で振り返ってみました。こう見てみますと、小学生時代からサッカー漬けの毎日だったというのがお分かり頂けたと思います。

ここまで来るには、順風満帆だった訳ではなく数々の挫折や苦労、世間からの批判なども乗り越えて今の地位があるのです。

世界一のサッカー選手になるには、どんなに過酷な環境でも飛び込んでいき、気温の低いロシアや世界有数の選手たちが集まるセリエA、高地で酸素が薄く治安の悪いメキシコなど、危険も顧みずにここまでやってきました。

サッカー選手としてだけではなく、クラブ経営やサッカースクールの開校など別の顔も持っていますが、こういった活動の裏には、今までお世話になった「サッカーの恩返し」がしたいのではないでしょうか。

▼本田圭佑選手のまとめ記事はこちら▼

本田圭佑まとめ

2018年5月12日
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